少子高齢化の進行と医療費の増大によって、近年、病院をとりまく環境は大きな変化を遂げています。 特に病院薬剤師の業務は、質、量ともに激変しました。かつては、外来患者に向けた調剤、製剤、薬品管理、それに医師への医薬品情報の管理が、業務のほとんどを占めていました。 それが1990年代に入院患者を中心にした病棟向けの仕事が導入されます。チーム医療の確立にともなって、注射処方箋の調剤、患者への服薬指導、医療事故防止のための医薬品リスク管理、さらに新薬の治験業務の管理など、さまざまなミッションが病院薬剤師に課せられるようになりました。 臨床現場が医師を中心に形成されていることは変わりませんが、チーム医療における薬剤師の存在価値は徐々に高まっています。
病院の薬剤部の場合、一般的な内科・外科的な疾患だけでなく、抗がん剤、抗菌化学療法用の薬剤、緩和医療用の薬物など、日常的に扱う種類は調剤薬局とは比較にならないほど多いです。また、入院患者の服薬状況の把握に加え、重篤な副作用や相互作用、適正な血中濃度などの管理にも細心の注意が求められます。
今後、ゲノム医療や免疫治療などが本格化すると、薬剤の使用はさらに個別化、オーダーメイド化されるため、一人一人の患者さんへの目配りは、ますます大切なものになっていきます。
そんな時代を迎え、大規模病院の薬剤部では、「調剤科」「製剤科」「補給科」「医薬情報科」「病棟薬剤科」などに細かく分けたうえで役割をはっきりさせ、さらに手術室を中心に治療チームに加わる「サテライト薬局」など、専門性の高い薬剤師を育成し、配置するところも出てきています。
日本病院薬剤師会と日本医療薬学会では、専門性が必要とされる「がん」「精神科」「HIV感染症」「妊婦・授乳婦」「感染制御」の5つの領域で、研修・講習を経て、試験に合格した薬剤師を「専門薬剤師」に認定するなど、エキスパートの育成にも力を入れています。
医師の処方箋に基づいた調剤や、疑義照会だけでなく、患者さんに対する薬学的なケア、問題点の把握、副作用のモニタリング、そしてそれに基づいた医師への処方提案や処方設計支援などのフィードバックまでをカバーします。
病院薬剤師の魅力としては次の2点が挙げられます。
チーム医療では、医師・薬剤師・看護師などの多職種が、それぞれ専門性を発揮しながら最も効果的な治療法を検討していきます。チームのなかで薬剤師に求められる役割は、薬物療法が安全かつ最大限の効果を得られるように症状・効果・副作用についてアセスメントすること。
医師・看護師から頼りにされることも多く、「薬学管理のプロ」としての充実感を得られるという薬剤師が多いようです。
また、病院薬剤師は、調剤薬局やドラッグストアでは取り扱うことが少ないハイリスク薬に触れる機会にも恵まれています。
さまざまな医薬品を取り扱える病院薬剤師は、日々の業務を通じて他の業種よりも幅広い知識や経験を得やすいと言えるでしょう。
やりがいがあり、知識の習得という点でも魅力的な病院薬剤師ですが、病院ならではの大変さもあります。それは、「夜勤(当直)」の存在です。
当直の業務は、「救急外来患者の調剤」「病棟の急変患者への投薬」「緊急手術時の麻薬の用意」などが挙げられます。薬剤師は看護師に比べて配置人数が少ないため、病院によっては1人で当直をしなければならないケースもあります。
他の薬剤師のサポートがない一人薬剤師の状況で夜間の調剤や投薬に対応するため、肉体的にはもちろん、精神的にも負担の大きい業務です。
当直の人員体制や業務内容は病院によって異なります。転職先の病院を検討する場合は、通常時、当直時の人員体制を必ず調べておきましょう。人員体制について、求人表や病院のホームページに掲載されていない場合は、転職エージェントに登録し、調べてもらうのがおすすめです。
患者さんに寄り添う医療スタッフの一人としての志を持っており、プロフェッショナリズムを高めていきたいと考えているなら、病院の薬剤部はぴったりの環境です。専門薬剤師になるための学習材料や、OJT的な機会は職場にたくさん見つけられますし、豊富な経験や高度な知識を持った先輩、上司に出会うこともできるでしょう。医師や看護師といった他職種との距離も近いため大きな刺激を受けることもできます。
病棟業務では、入院患者さんの日々の変化を近くで観察し、改善の手助けをできることも魅力です。
たとえば、化学療法を受けているがん患者さんが、抗がん剤の効果で状態が改善していくのは、医療スタッフの一員として大きな喜びです。副作用に苦しんでいた患者さんの薬剤コントロールがうまくいって、日に日に表情が穏やかになるのを見ると、やはり大きな喜びを感じることがあるようです。
反面、「プライベートを重視して働きたい」と考えているなら、病院薬剤師は向きません。前述したように、心身ともにストレスが大きく、病院によっては、食事時間以外には息抜きをする時間がないところもあるようです。
それに、薬剤部内での連携に加え、ほかの医療スタッフとのやりとりに苦労することもあるようです。
実際に病院で働く薬剤師にアンケートをとったところ、「処方上の疑問があっても多忙を理由に後回しにされたり、感情的な態度をとられたりすることがあります」など、医師との関係に苦労する声は少なくありません。
一方で、「迷惑にならないように気をつけつつ、日頃から積極的に声をかけて話しやすい関係をつくっています」と、自分が仕事をしやすい環境作りに気を配る必要もありそうです。
(参考記事「薬剤師の転職実態調査-vol7. 他職種とのコミュニケーション編」)
病院で働くには、自分の信念を貫けると同時に、緊急事態に遭遇しても落ち着いて対処できる、ほかのスタッフからの難しい要望にも気にせず応じられるぐらいの鷹揚さを持ち合わせている、といったことが重要なポイントと言えそうです。
一般的に病院で働く一般薬剤師の年収は、薬局やドラッグストアと比べるとやや低いのが現状です。もちろん、一般の私立病院と、公務員の扱いとなる公立病院では違いがありますし、地域による差が少なくありません。
とはいえ、都市部エリアで見ると、調剤薬局の平均年収が507.1万円、ドラッグストアは542.2万円なのに対し、病院勤務の場合は467.2万円。そのほかのエリアで見ても、どの職種でも30~60万円程度の収入差が生じているようです。
参考:https://pcareer.m3.com/shokubanavi/feature_articles/58
ただし、これは年齢差を度外視したもの。
病院は、薬剤師の平均年齢が低いことが影響しています。20代薬剤師が占める割合は、調剤薬局11.6%に対して病院は25.0%。若い薬剤師の多さが平均年収を押し下げている要因とも考えられるため、同年代の比較であれば、もう少し差は縮小されると思われます。
病院薬剤師のメリットとデメリットはおわかりいただけたかと思います。
「薬剤師としての自分を高めるため、ぜひ病院で働きたい」と考えても、一般企業と同様、条件的に恵まれた職場には多くの就職希望者が来ます。
少しでも自分に合った職場を見つけるためには、薬剤師専門の求人・転職サイトをうまく活用することがコツです。 また、転職エージェントに登録すれば自分の希望に合致する求人を紹介してもらったり、キャリアについてアドバイスをもらうこともできます。病院への転職、それに将来の自分のキャリアパスを考えているのなら、まずは情報収集を始めてはいかがでしょうか。