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井手口 直子先生
帝京平成大学薬学部教授、薬学博士。日本カウンセリング学会認定カウンセラー、メディカルサプリメントアドバイザーなどの資格も持つ。「薬学生・薬剤師のためのヒューマニズム」(羊土社)、「薬剤師のためのコミュニケーションスキルアップ」(講談社)、「薬学生、薬剤師育成のための模擬患者(SP)研修の方法と実践」(じほう)など著書多数。

業界が変動する中、薬剤師が描くキャリアデザインとは

調剤薬局やドラッグストア市場の飽和、医療費に占める調剤費の増大など、薬剤師をとりまく環境は大きな変化の渦中にあります。薬剤師という職業の存在価値もまた見直されており、薬剤師は処方箋通りの調剤だけをやっていればいい、という考えはいまや通用しません。これからは社会のニーズに応えると同時に、自身の職能をブラッシュアップする必要に迫られています。では、将来のキャリアデザインを描くにはどうしたらよいのでしょうか。薬剤師のキャリアデザインに関する著書も多い、帝京平成大学薬学部教授の井手口直子先生にインタビューしました。

薬剤師免許を中心としたキャリア形成からの卒業

――薬剤師がキャリアを考えるにあたり、現状と課題を教えてください。

これまで薬剤師のキャリアは、シンプル・キャリアと呼ばれる免許を中心としたキャリア形成が一般的でした。免許を軸にするということは、裏を返せば免許の枠外のことはあまり考えない、ということ。しかし、現在はバウンダリーレス・キャリア、つまり境界のないキャリアという考えが広がりつつあります。免許の範囲を超え、薬剤師としての職能の拡大を求められる時代が到来しており、そうした変化に対応できる薬剤師が企業からも患者からも求められているのです。
キャリア形成については、神戸大学の金井壽宏先生の提唱されたキャリアデザイン論にある「トランジション・モデル」を引用させていただきます。これは、薬剤師に限ったことではなく、すべてのビジネスパーソンに当てはめられるプロセスですが、キャリアデザインに大切なのは、①自分のキャリアの方向性を決める、②キャリアの節目ではアクションを起こす、③アクション後はドリフトする(流される)という3つの段階です。特に重要なのは②のキャリアの節目では必ずアクションを起こす、という点です。

――キャリアの節目とは何ですか。

節目といっても人によって実にさまざまです。以前、多様な年齢の薬剤師を対象にキャリアに関するアンケートを実施したところ、「どんな時にキャリアの節目を感じましたか」という質問に対して、「急な昇進」「管理薬剤師を任された」「OTC薬品の取り扱いを始めた」といったポジティブなものから「人間関係」「将来への不安」といったネガティブなものまで、多様な回答がありました。それらに加えて、女性ならば結婚や出産といったライフステージも節目の一つですね。
この調査で興味深かったのは「その節目にどう対処したか」というアクションについての質問で、もっとも多かったのが「勉強する」という回答だったのです。困難にぶつかったときには、まず勉強して知識を増やす、勉強熱心な薬剤師の特性をうかがい知る結果といえるでしょう。
しかし同時に、せっかくの学習が自身の知識増に終始してしまい、他者に作用できていないという課題も調査結果から浮き彫りになりました。一人ひとりの薬剤師が、学んだ知識や得た情報をもっと周囲に伝えられるようになれば、業界全体のベースアップにつながるはず。その結果、薬剤師のキャリアに対する意識も向上していくと思うのです。

キャリアは人が持ってくる。やりたいことは公言して

――キャリアを考える際のポイントを教えてください。

キャリア形成の際には、次の4つの視点から自分を振り返るとよいでしょう。
一つ目は「何が得意か」、二つ目は「何をやりたいか」、三つ目は「何をやっているときに充実感を感じるか」、四つ目は「これまで誰とつながり、その縁をどう生かしたか」。これらを考えると自分が本当にめざしている方向が見えてくるはずです。

キャリア形成:図

キャリアの考えを車に置き換えると、「外装」はコミュニケーション力など人をひきつける魅力、「エンジン」は技能、「ガソリン」は知識。そして、先ほどの4つの問いかけの答えが車の「進行方向」です。チャンスが訪れたときにすぐ対応できるよう、常に「外装」「エンジン」「ガソリン」の性能を点検しておくことが大切なのです。

また、意外と認識されていませんが、実は「キャリア形成のチャンス」は人が運んでくれるもの。自分の力だけでどうにかなるものではありません。「将来はこんなことをやりたい」「あの業務に挑戦したい」と日ごろから公言しておくと、何かの機会に「そういえば○○さんがやりたいって言っていたな」と、周囲の人が話を持ってきてくれる。そういった意味で人とのつながりはキャリアの面からも重要なキーと言えるでしょう。

――近年は子育てをしながら仕事も続ける女性が増えています。女性の働きやすさ、という観点から考える薬剤師の特徴は何でしょうか。

男女比を見ても女性が6割を占めており、業務内容に男女の差がない薬剤師は、女性が働きやすい職業。最近は託児所を備えた医療機関や薬局、ドラッグストアなども少しずつ増えているようです。それに私自身も2人の子どもの出産、育児を経験しながらずっと働いてきました。ひと昔前は、女性は結婚か仕事か、または出産か仕事か、という選択に迫られていましたが、いまはそんな時代ではありません。また、免許を必要とする職業で市場のニーズも高いため、数年のブランクがあっても仕事に復帰しやすく、正社員、パート、派遣など勤務形態も選びやすいというのも女性にとって働きやすい職業といえるでしょう。
とはいえ、常に情報をアップデートする必要がある職業なので、出産や育児休暇などでブランクがあった後の職場復帰は、業務に不安を抱く人も多いと思います。出産や子育てで現場を離れている間は、自己充填の期間だと思って着実に勉強をしておくことが大切。ちなみに私は、育児で仕事をセーブしていた時期は、新聞や書籍を読んで業界動向をチェックしたり、学会の資料を読んだりとできる範囲で情報や知識を蓄えるようにしていました。

他職種に求められる薬剤師が生き残る

――今後、どのようなスキルが薬剤師に必要でしょうか。

ずばり、他職種連携です。これからの時代は、薬剤師だけで仕事が成立することはありません。医師や看護師、ケアマネジャーといった他職種の人たちとともに仕事をすることで、自分が「できること」「できないこと」が明確になってくると思います。大切なのは「何ができないか」に気づくことで、改善策は仕事をしながら徐々に考えればいいんです。また、薬剤師の方々は新しい物事に挑戦するとき、まず勉強からはじめる人が多い。それはそれでよいのですが、「とりあえずやってみる」という精神が加われば、もっと仕事が面白くなると思いますよ。
在宅医療を例にとると、業務内容はセミナーや自己学習でも習得できますが、在宅の現場に出向くと薬の漫然投与や管理の不徹底、服薬方法の間違いといった現実を目の当たりにします。ここで重要なのが、他職種の人たちといかに連携して、患者さんによりよい治療を施すかということ。その際、専門的な見地から一方的にアドバイスするのではなく、まずは「何か困っていることはありますか?」と介護に携わっている人たちに聞いてみる。そういったスタンスではじめると、他の職種の方とのコミュニケーションもスムーズにいくはずです。

――いま、キャリア形成に悩んでいる方へアドバイスをお願いします。

悩んでいるなら、まさに「キャリアの節目」に立っているということ。つまり、いまこそアクションを起こすときなのです。先ほど述べた4つの質問を自身に問いかけ、このチャンスを生かしてキャリアデザインを見直してほしいですね。はじめにお伝えしたように、薬の知識が豊富で処方箋通りの調剤ができていればいい、という時代は終わりました。これは業界の至るところで叫ばれているので、当然薬剤師はわかっているはず。しかし、いま一つ自分のこととして認識しきれていない感じがします。「まだ大丈夫」とか「何からしたらいいのか分からない」とか、少し受け身な態度が否めません。
2014年1月21日に厚生労働省が発表した「薬局の求められる機能とあるべき姿」にもあるように、チーム医療への取り組みや、ジェネリック医薬品の促進などは当然、薬剤師免許を持つ者にとっての責務といえます。困難にぶつかった時こそキャリアを見直すチャンス。「自分のやりたいこと」を免許の枠にとらわれず考えれば、もっと薬剤師の仕事の面白み、やりがいが見えてくると思います。

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