オーストラリアの薬局解体新書08

創薬研究員、薬局薬剤師、学習支援・薬局研究部門のマネジャーを経て、シドニー大学大学院で薬学博士号の取得を目指す藤田健二先生に、オーストラリアの医療制度および薬局実務を読み解きながら、今後の日本の保険薬局のあり方について考察していただく本連載。第8回は、「薬局業界の規制緩和」についてお話しいただきます。

1.薬局の開局規制

現在、オーストラリア国内には、約5240店舗の薬局が存在しています。薬局の開局には下記のような規制があり、薬局数やロケーションは各州がコントロールしています。

  • 薬局の経営者は薬剤師であること
  • 1人の経営者が保有できる薬局数は5店舗まで(上限は州によって異なる)
  • 最寄りの薬局から1.5km(都市部)~10km(地方)以上離れていること
  • スーパーマーケットの店内または直結した場所ではないこと

フランチャイズの事業形態は認められているため、加盟店として同じ看板を掲げながら個人事業主として薬局を経営することは可能です。しかし、上記の開局規制があるため、フランチャイズ展開を進める大手薬局であっても全体の1割未満(計300店舗)に留まっています。加えて、医薬品の共同購買を行う団体もあります。そのため、大手スーパーマーケット2社で7割以上のシェアを占めている食品・酒類・タバコ小売業界とは異なり、薬局業界においては寡占化は起きていません。

2.薬局業界を揺るがす規制緩和推進論者の意見

2013年12月、オーストラリア政府は、国内産業の競争を促進して低価格で高品質のサービスを国民が享受できることを目的として、さまざまな業界における規制緩和を検討するための委員会の立ち上げを発表しました。委員会はメルボルン大学の名誉教授であるIan Harper氏を中心に進められ、2015年3月、複数の業界に対して計56の政策提案を含んだ最終報告書がリリースされました。Harper Reviewと称されるこの報告書の中には、薬局業界の規制緩和を推奨する提案も含まれていたため、業界内で大きな話題となりました。
Harper Reviewでは上述したすべての規制が問題視されました。規制緩和を推奨する理由は、現行の開局規制は、患者のためではなく、薬局経営者の既得権益を守るために存在しているとされているからです。規制が緩和された際に患者にもたらされると言われるメリットは下記の通りです。

  • 薬局数が増えることで薬局へのアクセスが容易になる
  • 大手スーパーマーケットチェーンの薬局業界への参入して価格競争が起きる結果、OTC薬などを安く購入できる
  • 薬局数が増えることで経営競争が起こるため、営業時間の延長など利便性が高まる

加えて、薬剤師にとってもメリットがあります。例えば、これまで薬局を開局できずに従業員として働いていたPSA(薬局経営者に雇用されている薬剤師の職能団体であるオーストラリア薬剤師会/The Pharmaceutical Society of Australia)に所属する薬剤師も、独立開業の道が開かれます。
この規制緩和によって、不利益を受けるステークホルダーは、チェーン薬局の強力な資本によって、撤退を余儀なくされる可能性のある中小の個人薬局と、価格交渉力に押される医薬品卸であると各メディアが推測しています。

3.規制緩和反対論者の意見

一方、薬局経営者の職能団体であるPGA (The Pharmacy Guild of Australia )は、Harper reviewの最終報告書がリリースされる2ヶ月前の2015年1月に、Harper氏らによる中間報告書に対する意見書をリリースしています。意見書の要約は次の通りです。

  • 大手スーパーマーケットが薬局業界に参入した場合、株主の利益を最大化するために薬局が運営されるため、患者にとっては有益だが企業の利益につながりにくい薬局サービス(薬剤師によるカウンセリング等)が提供されなくなってしまう
  • 顧客や患者が多く来局しそうな都市部での開局が集中し、地方への出店は進まないため、薬局数が増えたとしても特定地域に乱立するだけである
  • 薬剤師資格を持たない経営者が運営する薬局数が増加するにつれて、経験の浅い薬剤師が責任のある役割を担わざるを得なくなり、結果として提供する薬局サービスの質が保証できなくなる
  • OTC薬やその他の商品の価格競争は現時点でも起こっており、かつ、処方せん医薬品の価格は固定なので価格競争は起きない。そのため、規制緩和しても価格面での患者のメリットはなく、安い納入価で仕入れることができる大手がもうかるだけである
  • 大手スーパーマーケットが薬局業界に参入した場合、医薬品卸機能を内部化するため、CSO※が崩壊して地方で暮らす患者はタイムリーに薬を手に入れることができなくなる

 

※CSO: Community Service Obligationの略。患者がオーストラリア国内のどこに住んでいても、24時間以内に薬局に医薬品を供給する医薬品卸に対して助成金が政府から支払われる仕組み
これらの内容に加え、ロケーションルールとオーナーシップの規制が解除された場合、スーパーマーケット大手によって市場が独占され、結果として年間$700 millionの厚生損失が発生すると試算しています。

4.今後も続く規制緩和の波と組織活動の重要性

Harper reviewがリリースされた時期は、2015年7月1日から2020年6月30日における薬局薬剤師の業務内容や報酬体系等に関する取り決め(6CPA/ 6 Community Pharmacy Agreement: 連載第3回目参照)をPGAと連邦政府が議論していた時期だったため、一連の規制が段階的に緩和されるのではないかという憶測が飛び交いました。ところが、最終的には規制緩和案は何も盛り込まれず、2020年7月までは現行制度のままになりました。しかし、2015年7月からは、薬局側の任意で処方せん医薬品の患者負担額から最大$1値引きすることが可能となったため、処方せん医薬品も事実上の価格競争が始まっています。$1の差であれば、「高い専門性を持った信頼できるかかりつけ薬剤師から服薬指導を受けたい」と思う患者が多いのではないかと考えますが、今後仮にこの値引き可能額の上限が上がった場合、経営上の問題で値下げを実施できない薬局から、値下げを進める薬局へと患者が流れてしまう事態も起きかねません。こうした処方せん医薬品の患者負担額の値下げも、2020年まで持ち越された規制緩和の議論に大きな影響を与えることが予想されます。

また、現行の開局規制の意義を問われた際の職能団体の対応という観点から今回の内容を考察すると、地域住民の健康の維持・増進に寄与するためには、日常の薬局業務を真剣に取り組むこととは別に、自分たちが理想とする薬局のあり方を維持するための組織活動の重要性を学ぶことができます。OTC薬のインターネット販売をめぐる議論や、医師による調剤の解釈をめぐる議論など、組織として対応すべき状況下でのリーダーシップが今後さらに重要になってくるのではないかと考えます。

最終回となる次回は総括(オーストラリアの薬局実務から日本の保険薬局の今後を考える)を行います。お楽しみに!
こちらの記事に関する問合せは「kfuj2522@uni.sydney.edu.au」まで。

【主な参考文献】
The Pharmacy Guild of Australia (2015). Community pharmacy delivering accessibility, quality and choice for all Australians: Submission in response to the competition policy review draft report. Retrieved May 10, 2016, from http://guild.org.au/docs/default-source/public-documents/issues-and-resources/Policy-and-Position-Statements/summary-of-submission-re-competition-policy-review-draft-report.pdf?sfvrsn=2
Harper, I., Anderson, P., McCluskey, S., & O’Bryan M, QC., (2015). Competition policy review final report March 2015. Retrieved May 10, 2016, from http://competitionpolicyreview.gov.au/files/2015/03/Competition-policy-review-report_online.pdf
Duckett, S., and Wilcox, S. (2015). The Australian Health Care System (5th ed.). South Melbourne, Vic: Oxford University Press.
Hattingh, L., Low, J. S., & Forrester, K. (2013). Australian pharmacy law and practice (2nd ed.). London: Elsevier Health Sciences APAC.