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虎の門病院 薬剤部 林昌洋(はやし まさひろ)先生
1980年東京薬科大学卒業。同年より虎の門薬剤部に所属し、「妊婦と薬相談外来」の開設に尽力。薬学博士、妊婦・授乳婦専門薬剤師、医薬品情報専門薬剤師。専門領域は臨床薬理学、医薬品情報学、妊婦・授乳婦薬物療法。

妊娠と薬相談外来/妊婦・授乳婦薬物療法認定薬剤師・専門薬剤師

妊婦や授乳婦に対して薬のカウンセリングをするのが妊婦・授乳婦薬物療法認定薬剤師・専門薬剤師。これは2008 年にスタートした専門薬剤師制度だが、14年6月現在で認定薬剤師・専門薬剤師の有資格者数は約100人に留まっている。今回は本制度制定に関して第一人者である虎の門病院薬剤部の林昌洋先生に、「妊娠と薬相談外来」で活躍する薬剤師の仕事と、本制度に対する今後の展望をうかがった。

患者本人と家族にとって最良の答えを導く専門外来

― 「妊娠と薬相談外来」開設の経緯を教えてください。

妊娠と薬相談外来1

まずは、妊婦や授乳婦に対してカウンセリング形式でのリスクコミュニケーションが必要となった理由から説明しましょう。この領域は、患者さん本人と赤ちゃんの双方に対するリスクベネフィット解析が必要なことに加え、倫理的配慮から治験や臨床研究ができないため、製薬企業や医師にとっても判断根拠が不足していました。そのため、医師や薬剤師から明確なアドバイスを受けられなかった妊婦さんが、投薬への不安を払しょくできずに出産を諦めてしまうという事例が発生していたのです。

この状況を改善すべく、1980年代から90年代にかけて虎の門病院、聖路加国際病院、新潟大学医学部付属病院などで専門外来が次々に設置されました。そして、欧米の前例を踏まえて首都圏だけでなく全国各地にも専門外来を広めるため、国立成育医療研究センターに妊娠と薬情報センターがつくられ、さらに全国に20ヵ所前後の専門外来が開設されたのです。

―どのような相談が多いのでしょうか。

カウンセリングは通常、産婦人科医と薬剤師がペアであたります。この外来にはセカンドオピニオンの役割もありますから、患者さんから事前に問診票を送ってもらい、内容を確認したうえでカウンセリングをしています。所要時間は一人当たり30分~1時間で、薬に関しては薬剤師が、医学的助言は医師がアドバイスします。
相談内容は大きく二つに分けられます。一つは妊娠に気づく以前にインフルエンザや風邪の薬を飲んでしまったというケースです。絶対過敏期といわれる妊娠4~7 週目は重要な器官がつくられる時期で胎児がもっとも薬のダメージを受けやすい時期です。ですから、その期間中の薬の服用と胎児への影響に関する相談が多いですね。
もう一つは、もともと喘息や精神科疾患といった合併症を持っている患者さんで、今後妊娠するにあたり、薬の影響を相談にいらっしゃる場合です。このケースには継続的な治療が必要なので、妊娠初期から産後までの総合的な支援とカウンセリングが必要となります。

―最近は外来だけでなく産婦人科の病棟でも薬剤師が活躍していますね。

産婦人科にいる薬剤師が、産後の産婦人科や小児科、新生児科と連携をとり、母乳栄養を踏まえて薬のカウンセリングする動きが広がっています。この領域で働く薬剤師は国立成育医療研究センターや国のナショナルセンターの関連病院だけでなく、市民病院や大学病院にも多数在籍しています。産婦人科病棟や新生児病棟での仕事をメインに必要に応じて外来カウンセリングもするという薬剤師が増えてきています。

―病棟では医師以外の職種の方との連携もありますか。

妊娠と薬相談外来2

もちろんです。例えば糖尿病の患者さんであれば糖尿病の専門医や栄養士などと連携しますし、喘息の患者さんなら呼吸器科の医師や呼吸療法認定士と連携します。また、心療内科では認知行動療法や臨床心理士によるカウンセリングで薬の量を減らすこともできます。体調が悪いのに薬の服用を我慢するのは患者さん自身や赤ちゃんにかえって悪影響を及ぼすこともあるので一概には言えませんが、基本的には投薬以外の治療手段があれば可能性を評価することは大切です。そういった意味でも他職種との連携は非常に重要ですね。

お母さんと赤ちゃんをハッピーにする「妊婦・授乳婦専門薬剤師制度」

―妊婦・授乳婦専門薬剤師制度における認定薬剤師と専門薬剤師の違いを教えてください。

アメリカで大麻成分入りのピザソース

はじめにこの領域の専門性についてお話します。一般的な服薬指導は「患者さんが抱える疑問を解決すること」「薬に関する情報を患者さんに教えること」ですよね。正しい真実を伝えるリスクコミュニケーションは当然必要ですが、妊婦や授乳婦のカウンセリングにおいてはインフォームドチョイスという考え方を基本においています。薬剤師側から出産を強要したり、逆に出産に反対することはせず、患者さんと家族にとってのメリットは何かという点を、十分に話し合い、最終的に患者さんと家族の選択を尊重するというものです。この点が通常の薬剤師業務と大きく異なります。

認定薬剤師は、一般薬剤師と比べて妊婦・授乳婦に対して調査やカウンセリングの実務ができるというサーティフィケーション(証明)を持っています。そして、それら実務に加えて教育や研究ができる人が専門薬剤師。「現場で医師と共に医療薬学研究を担う」「外来や入院のカウンセリングのクオリティを向上させる」「後進を育成する」といったことはすべて医療現場の改善につながりますから、明日の医療をより良くするために働く人=専門薬剤師と言っても過言ではありません。

―特に必要なスキルはありますか。

もっとも重要なのは「命に関わる問題にうまく配慮しながらリスクコミュニケーションをとる」スキルです。例えば流産のベースラインリスクは30代で15%、40代で30~50%といわれており、これとは別に赤ちゃんに先天性の異常が見つかる確率が2~3%あります。合併症の治療薬によるリスクがベースラインリスクを増加させるか否かを評価する能力が求められます。薬剤師は患者さんと生まれてくる赤ちゃんの双方のメリットにつながる治療を医師と共有したうえでリスクコミュニケーションをとる必要があります。

また、妊婦や授乳婦に対する薬のデータは日本国内にはほとんどなく、世界的な規模で調査して、ようやく得られたり得られなかったりといった程度。ところが日本でしか発売されていない薬もあるので、薬剤師は専門性を持って自らもデータを創出するための研究をしなければなりません。
投薬に関するカウンセリングは命の問題に直結しています。たとえば、癌の患者さんに薬の説明をしても亡くなることはありません。「癌」という病気で亡くなることはあっても「説明」という行為では命を落とさないからです。しかし妊婦さんの場合は違います。薬剤師の説明が下手で投薬の不安がぬぐえなければ患者さんも胎児も救えない。それほど特殊な医療現場なのです。

―この仕事のやりがいを教えてください。

命を救う実感を得られることですね。外来で初めてお会いした時の患者さんの表情と、帰っていく時の表情はまるで違います。最初は不安による自己防衛で固い表情だったのが、カウンセリングを終えた1時間後には柔和な表情になっているんですよ。また後日、患者さんに協力していただいて出産結果を確認しているのですが、結果確認用紙と一緒に赤ちゃんを胸に抱いた喜びと、お礼の言葉を書き添えてくださる方もいらっしゃる。そんな時、この仕事をしていて良かったと思いますね。

―この仕事の難しさはなんでしょうか。

患者さんとのカウンセリングの際、ごくまれに不安をぬぐえたか心配になることがあります。カウンセリング後は紹介元の産婦人科医がフォローする仕組みになっているので、安心はしているのですが、やはりもう少し継続的に見たいなと思うことはありますね。
1,000人妊婦さんがいれば、問題も不安もまちまちです。妊婦さん全員を同じようなゴールに導けるとは限りませんが、お一人おひとりのベストなチョイスを支援したい、最良の選択をできるようにサポートしていきたいと思っています。

―どんな人が向いていますか。

真実への探求意欲が強い方です。未確立なことの中から真実を見出し、患者さんの命を救いたいという人にはぴったりだと思います。医療とは、より暮らしやすい社会をつくるための土台だと考えていますが、もう一つ大切な役割が次世代を育てるということ。産婦人科も小児科も医師はだれもが子どものことを考えています。子どもの健康を支えることは、すなわち人類の未来を応援するということ。次世代の子どもを薬のリスクから守りたい、余計な不安のせいで新しい命を犠牲にしてほしくないと思っている方にはぜひ活躍していただきたい専門分野です。

―今後のビジョンを教えてください。

女性の初産年齢の高齢化に伴い、持病を持った妊婦さんも増えています。変化する女性のライフスタイルに合わせ、妊婦・授乳婦に関する専門性の高い薬剤師を増やすことが急務でしょう。持病の有無に関わらず、全ての女性が安心な妊娠ライフを送れるように、患者さん一人ひとりに合わせたカウンセリングをできる薬剤師を増やすことが、明日への課題だと考えています。

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