
「ママ、だるい。ごろんしたい……」
幼稚園へ向かう車に乗った途端、5歳の娘・ことねがそう言いました。
……え?
さっきまで、めちゃくちゃ元気でしたけど?
朝ごはんも、いつもよりたくさん食べていましたけど?
この日の2日前、ことねは麻しん風しん混合ワクチン(MRワクチン)とおたふくかぜワクチンを同時接種していました。
翌日は発熱とだるさがあり、幼稚園をお休み。
でも、この日は朝から元気いっぱいだったので、職場にも「今日は出勤できます」と連絡していました。
そこへ突然の「だるい」。
これは本当にしんどいのか。
それとも、幼稚園に行きたくないのか。
さあ、難問がやってきました。
薬剤師の知識が、むしろ邪魔をする
「熱もなさそうだし、大丈夫でしょ!」
そう思えたら簡単なのですが、こういうときに限って薬剤師の頭が勝手に働きます。
MRワクチンは、接種5〜14日後に発熱や倦怠感などの副反応が現れることがあります。
おたふくかぜワクチンも、接種2~3週後に発熱などがみられることがあります。
つまり、接種から2日経ったから、「もう大丈夫!」とも言い切れない。
昨日の発熱がワクチンの影響だったとも言い切れない。
昨日の発熱はワクチンの影響?
それとも別の体調不良?
今の「だるい」は、その続き?
それとも登園渋り?
知識があれば、迷わず判断できる。
……とは限らないものです。
いや、むしろ知識があるからこそ、いろいろな可能性が頭をよぎって迷うのかもしれません。
「休ませる」と言った直後に、仕事の話をした
「じゃあ、今日はお休みしとくか!」
一度は、そう言いました。
ところが、その直後。
「でもママ、今日は仕事に行けるって連絡しちゃったんだよ」
と続けてしまいました。
……いや、どっちやねん、私。
休んでいいと言った直後に、仕事の話を持ち出す母。
自分でも嫌になるくらい、決められません。
そして、体温計まで迷い始めた
結局、そのまま幼稚園まで行きました。
門の近くにあるベンチに座り、先生が貸してくださった体温計をことねの脇に挟みます。
36.8℃。
37.0℃。
37.2℃。
そして、また36.9℃。
上がったり、下がったり。
なかなか「ピピッ」と鳴りません。
体温計まで迷い始めた。
休ませる?
行かせる?
私の気持ちも、まったく同じ動きをしていました。
過去の「しんどい」が、頭をよぎる
ここまで慎重になるのには、ワクチン以外にも理由がありました。
以前、「気持ち悪い」と言うことねを、登園渋りだと思い、登園させたことがあります。その数日後、胃腸炎で入院しました。
別の日には、「しんどい」と言うことねを登園させ、その数日後にインフルエンザを発症したこともありました。
もちろん、そのときと今回は違います。頭では分かっています。
それでも、「あのときみたいに、本当にしんどかったら?」という記憶が、どうしても頭をよぎるのです。
決め手は娘の顔だった
そんな私の横で、
「だるい〜」
ことねがもたれかかってきました。
心配になって顔を見ると――
ニヤッ。
……。
えっ、めっちゃ笑っとるやん。
その瞬間、
ピピッ。
ようやく体温計も決断しました。
36.8℃。
「よし。行ってこい!」
ことねは、
「ママー!」
と泣き叫びながら、先生と園の中へ入っていきました。
……これでよかったのかな。
職場では「ヒーロー」になった
少し遅れて職場に着くと、待合スペースには患者さんがずらり。
「ちょうど今、忙しくなった!」
そして、
「ヒーローみたいに現れた」
と言われました。
少し前まで、泣き叫ぶ娘を置いてきた母だったのに。
職場では「来てくれてよかった」と思ってもらえる人になる。
母としては、あれでよかったのか分からない。
仕事をする人としては、来てよかったと思う。
どちらも本当でした。
そして夕方。
少しドキドキしながら迎えに行くと、ことねの第一声は、
「お友達とおうちごっこしてたのに、時間足らなかった〜!」
……。
時間、足らなかったんかい。
朝の「ごろんしたい」はどこへやら。
どうやら幼稚園をしっかり満喫していたようです。
結果的に、この日は登園させてよかったのでしょう。
でも、次も同じ判断をするかは分かりません。
薬剤師でも、「今日、この子を幼稚園に行かせていいですか?」の答えは分からない。
知識があるからこそ迷うこともあるし、母だからこそ割り切れないこともあります。
あの日、36.8℃と37.2℃の間を行ったり来たりしていた体温計。
今思い返しても、
完全に私でした。
ちなみに、職場では「ヒーローみたいに現れた」と言ってもらった私。
ことねにとってもヒーローだったかは分かりません。
少なくともその日の夕方は、
おうちごっこを中断させに来た、ちょっと邪魔な母だったようです。


